月姫 逃げ水の呼び声[五]



 休む間もなく、満月は玉兎を伴い、街に降りた。二日も殆ど寝ていない所為か、地面に足の裏が触れる度に、頭がずきずきと痛む。
 地上から見上げる月はほぼ円の形を取ってはいたが、まだ所々欠けていた。
 せめて、自分が居る間に、月を元通りにしたいと満月は思う。
 欲を言えば、もっともっと、九曜国や輪国に益があることをしたい。少しでも、これからの九螢と彩章、そして他国の曜神やこの九曜国に住まう人々の助けとなるようなことがしたかった。
 自分の無力さは、十分承知している。自分ひとりの力で、大それたことができるなどとは思うはずもない。けれど、最後なのだ。これで、九曜国を訪れることは二度とないかもしれない。
 七日――九螢が告げた期限は、楔のように満月の胸の中心に打ち込まれて動かない。九螢は、遅くともと言った。ならば、早ければ今日明日にも期限切れということになる可能性もあるということである。
 早くしなければと気持ちばかりが焦るが、ろくに睡眠を取っていない身体はだるく、思うように動いてくれなかった。
「大丈夫? 何だか顔色が悪いよ」
 のろのろとした歩調で進む満月に合わせて歩いていた玉兎が、心配そうに顔を上げる。
 玉兎は結局あれから、満月と九螢の間に流れる空気が変わったことについて、何も聞いてきていない。
 そのことを他の誰かに喋るのは今の満月には酷であったから、玉兎の気遣いはありがたかった。
「うん、ごめんね。健康管理もろくにできないなんて。でも、大丈夫だから」
 満月は、精一杯平静を繕ってそう返す。玉兎はまだ少し何か言いたげに口をもごもごとさせたが、満月にそれ以上言葉を重ねてくることはなかった。
 先程再会した孤鈴の話によると、窟州西部の樹林地帯に住む茶々丸ちゃちゃまると言う名の栗鼠りすの男が欠片を持っているとのことだった。何でもその男は、月の真実を知っても尚、蝕の存在を信じず、彩章が九螢に誑かされたのだと信じているのだという。そういう風に思う民が居るかもしれないことは想定していたが、説得は中々難しくなりそうだと満月は頭を抱えた。
 さっき情報収集のために訪れた街でも、その男はたいそう頭が固いと評判だった。満月はあれこれと男を説得する方法を想定しながら、街の人から教えてもらった道を進む。
 市街地からは大分離れ、家々もぽつぽつと間を空けるようになり、人々の往来もなくなって行く。樹林へと続く小道は閑散とした印象を満月に与えた。
 満月は玉兎と顔を見合わせると、鬱蒼とした樹林に足を踏み入れる。そこは群生する木々で日の光も殆ど届かない暗い場所だった。更には、木々や草花と風が奏でるざわめきの他に、満月たちが草むらを掻き分ける音しか耳には届かない。後はただ静寂が深い緑の林に広がるのみだ。ここに本当に人が居るのだろうかと、満月は思ってしまう。
 そんな不安を抱え、しばらく樹林の奥に向かって歩いていた時のことだった。不意にどこからか強烈に注がれる眼差しを感じたような気がして、満月は立ち止まる。それは玉兎も同じだったようで、満月は二人してきょろきょろと辺りを見回した。
「ばーか、どこに目ぇつけてやがんだ」
 声は、頭上から降って来た。満月は驚いて仰向く。視界に人影を捉えて、満月はあっと間抜けな声を上げた。
 その男は、すぐ傍の高い木の枝にどっかりと座り込んでいた。茶色い大きな目と、ふさふさと触り心地の良さそうな尻尾が目を引く。頑固者だと事前に聞いていたから、小柄でどこか可愛らしい印象のその栗鼠の青年に、満月は目を瞬いた。
「初めまして、私は月姫です。こっちは玉兎。貴方が茶々丸さんですか?」
 当たり障りのないような自己紹介にも、青年は曝け出した不信感を引っ込めてはくれなかった。
「へえ、月姫さんと玉鳳揃ってのお出ましとは、中々に豪華じゃないの」
 人を小馬鹿にしたような笑みを見せると、青年は満月の目前にひょいっと軽快な着地で降り立った。
 じろじろと舐め回すように満月と玉兎を覗き込んでくる様から分かるように、遠慮なんて言葉はこの青年の辞書には存在しないようだ。
 小さいと思っていたが、青年は満月の背丈よりは少し身長が高いようだった。満月は無粋な視線に鼻白んで、思わず眉根を寄せてしまう。
「まあ、そんな顔するなよ。おれは茶々丸。ほら、あんたらの期待通りだろ?」
「君が、本当に茶々丸……?」
 玉兎が訝しげに茶々丸を見やる。満月は、そう不審げに茶々丸に問うてしまう玉兎の気持ちがよく分かった。街の人たちが彼のことを頭が固いと評した上に、このような人気のない薄暗い樹林に暮らしているというのだから、もっと偏屈な人物を想像していたのだ。まさか、このようにお喋りで可愛らしい栗鼠が、皆の言っていた茶々丸だとは思わない。
「ま、あんたたちが来たってことは月の欠片関係だろ? おれは一応そいつを持っているからな。多分あんたらの求めている茶々丸ったぁ、おれのことだと思うぜ」
 茶々丸はご丁寧にもそう説明してくれた。何だか本当に、想像していた人物と全く異なる。満月は、どう切り出そうか迷った末に、馬鹿正直に茶々丸に話を持ちかけた。
「あの……その、良ければ月の欠片を返してもらいたいんですけれど」
 茶々丸は満月を少しの間凝視すると、やがてふいっと視線を横に逸らした。
「やーだね」
 舌まで出してみせそうな勢いで茶々丸が言う。
 満月はそんな茶々丸の様子に面喰った。
「えっと……それは、九螢――月神が、嘘偽りを吹聴していると思われているからでしょうか?」
 孤鈴や街の人の話によれば、茶々丸が月の欠片の返還を拒否するのは、そういうあらましに因ったはずだ。しかし、実際この茶々丸という人物を目の前にしてみると、それはどうも違うような気がした。
「あー。あんたら、おれを説得しに来たってわけか」
 茶々丸はそう言うと、木の幹に寄りかかる形で地面に寝転んだ。
 唖然とする満月と玉兎を尻目に、欠伸までして見せる。
「でも、おれに月の欠片を返すつもりはないね。他を当たりな」
 横になった状態で、茶々丸は満月と玉兎を追い払うように手を振った。
 玉兎が苛立ちを感じ始めてきているのが分かる。満月は目を瞑った茶々丸の顔を覗き込んで早口にまくし立てた。
「話を聞いていただくだけでも良いんです。無理に返せなどとは言いません! お願いだから、寝ないで!」
 そう言葉を並べ立てた後にも、二人で何度も話を聞いてくれるよう茶々丸に呼び掛けたが、以後一切の返答はなく、何の進展もないまま満月と玉兎はその暗い樹林を後にした。

 翌日もそのまた翌日も、満月と玉兎は再三茶々丸の元を訪れて、話だけでも聞いてくれるよう試みたが、そのどれもが失敗に終わった。満月は茶々丸との交流の中で、こうまで彼が頑なであるのは、何も九螢が彩章を誑かしたのだと信じ込んでいるのが理由でないような気がしてきていた。茶々丸の態度に、月への嫌悪は見られない。かといって、良い印象を持ってもらえていないのもまた、事実であった。
 結局、この三日の間に集められた月の欠片は一つのみだった。彩章たちの方でも月の欠片の回収に力を注いでくれているというから、総数はもう少し多いと思いたい。
 満月は、寝泊まりするのに厄介になっている九尾亭の従業員たちと挨拶を交わすと、玉兎と共に外に出た。朝の外気は澄んでいて、肌に触れる穏やかな風も心地がよい。満月はうんと伸びをして、からりとした晴天に目を細めた。
 今日こそは茶々丸に寝られる前に話を通そうと気合を入れる。
 途端、ツキンと頭に痛みが走った。ここ二日はきちんと睡眠を取っている。どうやらこの頭痛は、寝不足によるものではないようだった。九螢と離れて、落ち着いていたかに見えた胸の痛みさえもが満月を襲う。時機から見て、これも曜痕や引力の薄れと関係があるような気がした。
 じくじくと痛むこめかみを揉みながら、満月はいよいよその時が迫って来たことを悟る。
 どうにかして、還ってしまう前に月を完成させたい。満月の中で、それは半ば意地のようなものになってきていた。
「今日はどっちにする?」
 首を傾げた玉兎に、満月は曖昧に微笑んでみせた。
 玉兎が言っているのは、収穫がありそうにない茶々丸の元へ先に行くのか、それとも街の人々に月の欠片の在り処を聞いて回る情報収集を優先するのかということだった。
「手分けをするっていうのはどう? 便利な足がある玉兎が情報を集める。私は茶々丸さんの所にずーっとずーっと居座って、彼が根負けしてくれるのを待つ」
 玉兎は満月を一人にするのに難色を示したものの、結局は渋々頷いてくれた。
「大丈夫。茶々丸さんは悪い人じゃないし、私も少しは度胸もついてきたんだから」
 玉兎を安心させるように、にっと笑みを形作る。
 そうして、満月は一人、茶々丸の元を訪れた。茶々丸に会いに来るのは今日で四度目である。満月の姿に気づいた茶々丸は、げ、また来てらぁ、とでも言いたそうな強張った顔で見つめ返して来た。
「今日こそ話を聞いてもらいます!」
 満月はそう宣言すると、矢継ぎ早に月の真実や曜神と蝕の関係等を説明し始めた。すぐさま茶々丸は不貞寝の体勢に入ってしまったが、そんなことは気にしない。怒涛の勢いで、満月はひたすら茶々丸に語り続けた。
 伝えるべきことを全部伝え終えた満月は、茶々丸に質問と意見を求め、それにも返答がないと分かると、再び最初から説明し直す。それを、何度か繰り返した。
 いつもはとても静かであろうその樹林に、その日静寂が訪れることはなかった。
 気づけば、辺りはもう日が暮れている。枝葉の間から見える朱と紫紺の溶けあったような空が優しい。
 玉兎は心配するだろうが、もうこうなったら何か進展が見られるまでここから動くまい。一日中喋り続けた喉は、いがいがとした不快感を訴え、潤いを求めて来る。それでも満月は口を動かすことを止めなかった。
「だーもう! うるさくて寝られやしない。あんた、もうその話は終いだ! 俺はその話は今日何度も聞いたし、街でもあんたたちが喋ってんのを聞いたことがある。人づてに噂でも何度も聞いた。俺はその話は疾うに知ってんだよ。分かったら、黙りな」
 満月は怒鳴られたにもかかわらず、ぱっと顔を輝かせて茶々丸に詰め寄った。
「そうなんですか! 知ってるんですか! それは良かったです。じゃあ、何か不満や疑問などがあったら何でも良いから仰ってください」
 茶々丸は、満月の勢いに気圧されたように押し黙った。
 満月はすぐさま茶々丸の眼前から飛び退いて、大人しく地面に正座をした。茶々丸が何か言葉を発してくれるのを、息を呑んで待つ。
「あんた……どうしてそこまでするんだ? 月姫さんだからか? そりゃあ欠片がなけりゃ月としちゃ困るだろうが。曜子っつーのは他の国から来る奴のことなんだろ? どうして他人様の国のために、そこまで身を粉にして働くことができるんだ?」
 満月は知らず目を見張って、茶々丸の瞳を凝視する。まさか、そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
「どうして、ですか――そんな風に考えたことはなかった、な」
 満月は足を崩して、茶々丸の隣まで膝立ちで進むと、木肌に寄りかかって両腕で膝を抱えた。丸まるように小さくなった満月は、ゆっくりと瞼を下ろす。
「最初は多分、月にまつわる者の本能として……でも今は、自分の意志で、九螢や月や国を支えたいと心から思うから。だから私は、出来ることを自分なりにやってみようって思って、ここまで来たんです」
 迷い迷い告げる満月の言葉を、茶々丸は黙って聞いていてくれた。
 しばらくして、茶々丸は徐に深く息を吐くと、投げ出した足を二、三度ばたつかせた。
「おれはさ、月の真実とか、この九曜国を成り立たせている構造のあまりの脆さに、こわくなっちまったんだよ。今まではただ、お気楽に日神様に縋ってりゃ俺たちの生活は平穏を保障されていた。否、正しくはそう信じ込んでいた。けど、いきなりそれが違うって言われて、じゃあ俺たちはこれからどうするっていう話になるわけだ。俺は、絶対ではなくなった曜神に、これからも縋って生きて行くなんて、まっぴらごめんだね」
 満月はやはりか、と息を吐く。茶々丸は、決して月の真実や蝕の存在を受け入れなかったのではない。それらを知った上での、月や日に対する抗議だったのだ。
 茶々丸の気持ちは、違う世界から来た満月には、よく分かるような気がした。曜神という、いつ蝕化して国を斃すかもしれない不安定な存在をただ崇め奉り、日々を送る。国の盛衰に一切関わることができないで、滅びゆくかもしれない運命にただ命を預けるだなんて、絶対に嫌だ。
 それでは、何のために個があるのかが分からない。
 茶々丸たち九曜国の民は、今まで曜神は絶対のものであると信じてきたから、ただ命を預けることに抵抗を持たなかった。しかし、真実が曝け出された今。圧倒的ではあるけれども絶対ではない力に対して命を預けることができるのか――そう考える者が出て来ることは、至って自然のことであるように満月は思えた。
「そうですね……私も、茶々丸さんのような考えを持つ方がいらっしゃるのを知って、少し安心しました」
 心の奥底を吐露する満月の発言に、少なからず茶々丸は驚いたようだった。
「他の世界……というより、日本という国から来た私にとって、この世界は酷く歪で、脆いものに見えます。曜神という存在に、良くも悪くも力が偏りすぎている。その力が一たび蝕へと転化すれば、抗う術は殆どなく、国は傾き、斃れます。私は――九螢と日神様は大丈夫だと信じているし、実際この輪国の曜神はもう二度と国を傾けたりしない覚悟でいます。だけど、さっきも言ったように、曜神でさえも絶対ではない」
 茶々丸が、満月の真意を見極めるかのように目を細めて、視線で先の言葉を促した。
 これから満月が言う言葉は、満月自身がこの九曜国で過ごした中で感じ、また蝕を認識した日月と計都の曜神たちが、計都宮で話し合っていたことだ。
「だから、国民一人一人が曜神をある意味で監視する必要性があると、私も九螢たちも、今回の計都国鎮定や曜の要人たちとの話し合いを通して判断しました。計都国には、曜の宮に一般の国民が仕官していたそうです。そういう風に、より多くの民が国の中心を常に視ておくことで、国民が何も知らない状態というのは防げます。また、蝕化を防ぐという目的も兼ねて、例えば各州にも実務的な行政機関を置く。これまでは、大きな問題が起きれば全て曜神が解決するのが当たり前でしたが、曜の力なしにできることだっていくらでもあると思うんです。今回の日月間の問題でも、窟州の一般の人々が動いたことで、差別問題や月の欠片の返還や月の真実の認知等が解決に向かいました。禍の時に助け合えば、救済や復旧を曜神に丸投げしなくとも、少なからず効果はありました。こういったことを仕事として行う機関の設立や、国民自身の意識の変化があれば、曜神の負担も和らげられると思うんです」
「へえ。でも、まだ国民の大半は、曜神の立ち位置が揺らいでも、体制が変わるなんてことには全然思い至っていないみたいだけどな」
 それが、これからの課題だった。
 九曜国同士の結びつきを強める意味での同盟と、自身の国を傾かせないための内政。既に事が動き出している前者は、容易なことではないけれども、計都国内が落ち着けば、そう遠くない未来に輪国と計都国の間で為されるだろう。勿論、それ以外の国――特に蝕を認識していない国――と同盟関係を結ぶのは、相当困難なこととなるであろうが。
 そして後者は多分、それ以上に難しい。
 国民の意識の中で、曜神は絶対なる信仰の対象でしかない。共に手を取り合って国を動かしていく意識など、欠片もないのだ。
「はい。だから、茶々丸さんのような方に出会えて、本当に嬉しいと思っているんです」
 満月は、厄介事はごめんだとばかりに目を逸らす茶々丸に、無理やり目線を合わせてそう言い切った。
「九螢と日神様は今後の九曜国の治め方について、何度も話し合いを重ねることになると思います。多分、それほど日を空けないうちに。その時、貴方のような人があの人たちの傍に居てくれると嬉しい」
 茶々丸はそっぽを向くことを諦めたのか、満月に向き合うと怪訝そうに顔を顰めた。
「まるで、あんたがその場に居ないような口ぶりだな」
 思いのほか、それは胸にぐさりと突き刺さった。茶々丸は満月を探るようにじっと目を合わせてくる。鋭くて聡明な人というものに偽りを告げられるほどの器は、満月にはない。勿論、本当のことを告げることを禁じられているわけではないのだが、第三者に自分はもうすぐ帰る身であると曝け出せるほど、満月は強くもなかった。
 満月は目を伏せると、曖昧に微笑んでみせた。
「まあ、あんたたちが色々考えているってことは分かった。あんたに免じて、月の欠片を返してやっても良いかって思うくらいには」
 茶々丸は言って立ち上がると、顎をしゃくって満月に付いて来るよう促した。
 満月の表情がたちまち華やぐ。それに苦笑を漏らすと、茶々丸は足早に樹林の最奥へと進んで行く。
「おれの所にあるのは、かなりでかい。案外、これで月も完全体になるかもしれないぜ」
 そうであれば良いと、満月は心から願った。
 しばらく歩いているうちに、満月は頭の痛みがぶり返してきたのを感じていた。今度は、頭痛だけでなく吐き気もする。そればかりか、視界に白い靄がかかったようで、足元さえ覚束なくなってきた。月の欠片が還って来るということで、一安心したためだろうか。
 よろめいた身体を、手探りで探し出した木の幹に預ける。深呼吸をすると、少しだけ身体が楽になった。
 引き返して来た茶々丸に、何でもないと手を挙げて応えると、満月はそのまま彼の後を追った。
「ほら、これだ」
 示されて、脂汗の浮かんだ顔を上げてみれば、確かにそこに金色の光があった。呪からも蝕からも解放されたそれは、今はただ、空に還ることだけを待ち望んでいる。
 満月は、巨大な月の欠片に駆け寄ると、勢いに任せて抱きついた。暖かで清涼な心地が、胸を満たしていく。この光が愛しいと、今は心から思う。満月は瞼を下ろすと、願いを込めて呟いた。
「……還って」
 途端、欠片が光の鱗粉をまき散らすようにして、震えた。満月は、名残惜しく思いながら、月の欠片から身を離す。
 と同時に、がくんと身体が傾いだ。意志に共鳴して、空へと昇っていく月の欠片を見つめながら、満月は意識が白濁の中に飲み込まれていくのを感じた。
「月姫さん?」
「月姫!」
 辺りをつんざくような悲鳴だけが、耳にこびりついて離れなかった。


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